官公庁とスタートアップは、実は関わりが強い!? 意外な関係性とは?
一般的に、「スタートアップと官公庁は真反対の関係にある」と思われがちです。実際、両者の特性は異なっており、「官公庁が定める法律はスタートアップの自由を規制し、クリエイティブな活動を阻害する」と考える人も少なくないでしょう。
しかし現在、そのようなイメージを払拭する活動が少しずつ見られるようになっています。今後、スタートアップと官公庁はどのような関係性を築いていくべきなのでしょうか。その先進事例としてアメリカの事例をご紹介しながら、日本における今後を考えてみます。
“VS”ではなく、“&”の関係性
「官公庁とスタートアップ、特に、IT系のベンチャー企業は関わりを持たない」と思っている人は少なくないかもしれません。しかし近年、両者のあいだの橋渡しとなるべく、官公庁の職員がスタートアップへ出向する事例も見られるようになっています。
官公庁とスタートアップの橋渡し~経済産業省からメルカリへ
2018年8月から2019年3月にわたり、日本を代表するスタートアップ企業・株式会社メルカリに、経済産業省の職員が出向する取り組みが行われました。
この取り組みは、経済産業省が2018年に創設した「経営現場研修」の一環。「経営現場研修」は、意欲のある職員をベンチャー企業などに派遣し、スピード感ある経営現場での経験などを通じて政策遂行力を育成するという狙いのもと、はじまりました。
メルカリへの派遣は、この「経営現場研修」の第一号案件だったのですが、折しもこの時期はメルカリが決済サービス「メルペイ」をリリースしたタイミング。まさに、スタートアップならではの敏捷性や機動力を体感するのにふさわしい時期だったといえるでしょう。
人材交流の意義と価値
双方にメリットがある
こうした取り組みは、双方の職員や社員に対してどのようなメリットを与えるのでしょうか。
まず、官公庁の職員に対しては、「社会課題を肌感覚で理解することができるようになる」というメリットがあります。現在日本では「超高齢社会」や「地域医療」など、数々の社会課題が挙げられ、官公庁はそれらに対して法を整備したり、仕組みをつくったりする立場です。しかし官公庁の職員は、そうした社会課題の当事者と向き合い、具体的な問題点をヒアリングする機会をなかなか持つことができません。
一時的にスタートアップ企業へ籍を置き、ビジネスの最前線へ自ら足を踏み出すことができれば、社会課題をリアルに理解することができるはず。そうした体験は課題の解決に対して、大きな力となるでしょう。
ともに成長し、鍛え合う関係に
一方、スタートアップにはどのようなメリットがあるのでしょうか。
前述のように、残念ながら、スタートアップのクリエイティブな活動を法律が規制している、ということは少なからず存在します。そのようなケースにおいて必要なことは「法規制を実施する側」と「実施される側」、双方の密なコミュニケーションであり、相互理解が法規制という垣根を低くすることは間違いありません。
このように、官公庁とスタートアップは一見、真反対の特性を持つように見えますが、実は深い関わりを持っており、ともに理解し、鍛え合う関係性こそ、互いのパフォーマンスを最大化するのに必要といえるでしょう。
アメリカの先進事例と日本の可能性
Uberの取り組み
官公庁とスタートアップの良好な関係づくりにおいて、先進的な取り組みをしているのがアメリカです。
例えば、自動車配車ウェブサイトおよび配車アプリ「Uber」を運営するウーバー・テクノロジーズは、特に官公庁との関係性が強いスタートアップ企業です。
同社はビジネスの特性上、世界各国のタクシー・ハイヤー業界や、その保護に関する法的規制をまとめた各国政府と、これまで何度も争いを繰り返してきました。同社にとってはビジネスを継続していくために、各国政府との交渉や折衝は避けられない問題であり、時には法的訴訟に発展することもありました。
そこで同社が考えたのが、法務や政府交渉に当たる人材を多数獲得するという策。
例えば、元政府関係者から構成される連邦公認ロビイストのチームを形成させたことは、次第に政府や自治体からの支持獲得につながっていきました。
その結果、訴訟や衝突の解消や、規制緩和を実現。敵を味方に引き入れるような活動は、時には批判を受けることもありましたが、逆に考えれば、そうしたことを自由に、機動力を持って実践できるのが、スタートアップならではの利点です。
IT系スタートアップからアメリカ政府へ
法律が改正されたり、規制が緩和されたりするのをただじっと待つのではなく、自ら行動して仕掛けていく。アメリカでこうした姿勢を見せるスタートアップ企業は、Uberだけではありません。
反対に、IT系のスタートアップから政府へ招かれる人材も多く、特にアメリカ政府は、政府のデジタル化を進めるためIT系の人材を流入させています。
アメリカ政府は2009年、テクノロジーに関して大統領にアドバイスする役職として「CTO(Chief Technology Officer)」職を設立。日本語では「最高技術責任者」と翻訳されるこの職種ですが、これまでこの職に就任したのは、ヘルスケア系シンクタンク出身者のアニス・チョプラ氏、ヘルスケア系スタートアップの創業者であるトッド・パーク氏、元Google幹部でGoogle Xを監督していたミーガン・スミス氏など、IT系スタートアップを牽引してきた錚々たるメンバーです。
IT系スタートアップから政府へ、こうした“重鎮”たちが招かれれば、両者のコミュニケーションは密になり、互いのビジネスや事業を疎外してきた多くの課題に光が当たるようになります。そして、それを解決するための施策がスピーディーに展開されるようになり、業務の効率化や迅速化に拍車がかかるようになるでしょう。
日本における可能性は?
日本では今後、スタートアップと官公庁はどのような関係性を築いていくと予想されるでしょうか。
前述のとおり、日本でもスタートアップと官公庁の人材交流は見られるようになってきました。しかしその一方、日本では習慣的に「既得権益を守りたい」という考えがあり、新規参入をよく思わないという傾向もあります。
こうした考えが見直され、人材交流を進めることが互いのメリットになることが理解されれば、日本でも官公庁とスタートアップの関係性は、もっと良いものに変わっていくでしょう。
特に、霞が関には多くの官公庁職員が集まっており、それらの人材がスタートアップと交流を図ればさまざまな利点が期待できます。霞が関から新しいビジネスの流れが生まれるのも、そう遠くない未来かもしれません。
(ライター:鈴木 博子)