オープンイノベーションに関して、東京のシェアオフィス「SENQ」ができること・考えること
変化の激しい時代を生き抜くための手段として、「オープンイノベーション」の重要度がますます高まっています。従来の日本企業は、社内の高い技術力やノウハウだけでイノベーションを起こす「クローズドイノベーション」によって成長してきましたが、外部環境の急激な変化に自社のリソースだけで対応していくことは困難になりつつあります。外部のアイデアや技術を積極的に取り入れ、新たな価値を創造するオープンイノベーションは、いまや企業にとって欠かせない経営戦略となっています。
そうした中で、東京都内に6拠点を持つ「SENQ(センク)」は、創設当初から「オープンイノベーションを加速させる協業と共創の場」をコンセプトに運営を続けてきました。では、実際にどのようなアプローチでオープンイノベーションを後押ししているのでしょうか。SENQを運営する中央日本土地建物株式会社の中川言一氏と川島興介氏に、お話を伺いました。
拠点ごとにテーマを掲げ、出会いや共創を促す
--SENQについて教えてください。
中川 SENQは、東京の京橋・青山・霞が関・六本木・青山並木通り・目黒の6カ所に拠点を持つシェアオフィスです。拠点によって細かい設備は異なりますが、個室やコワーキングスペース、会議ブースなどを備えており、オープンイノベーションを加速させる協業と共創の場としてご提供しています。特に、スタートアップやベンチャー企業の皆様に多くご利用いただいています。
--オープンイノベーションを前面に打ち出す理由をお聞かせください。
中川 総合デベロッパーとして、単に執務スペースをご提供するだけではなく、そこでの働き方や集まる理由を含めて空間をご提供することが重要だと考えています。こうしたニーズは、コロナ禍を経てより高まったと感じます。
当社では、「オープンイノベーションを加速させる協業と共創の場」をコンセプトにSENQの運営を行っています。シェアオフィスやコワーキングスペースは、多種多様な属性の方々が利用されます。そのため、潜在的にオープンイノベーションの萌芽があると感じ、出会いと共創の場になってほしいとの願いを込めてSENQを創設した経緯があります。
--どのような方法でオープンイノベーションを後押ししているのでしょうか。
中川 東京都内にあるSENQの各拠点では、地域性に応じたテーマを設定しています。イノベーションには「多様性」が重要とされますが、全くのバラバラではなく、共通の目標や課題を持つ人や企業が集まることで効率的に化学反応が促され、イノベーションが生まれやすくなると考えたためです。例えば、京橋は古くから食文化の中心地であることから、「FOOD INNOVATION」をテーマとしています。
このほか、霞が関は中央官庁隣接というロケーションから、官民連携などを通じて日本の未来をリードする起業家や事業が生まれる場所を目指して「LEAD JAPAN」を、青山はハイレベルなクリエイターが入居していた物件を建て替えたビルにあることから、生まれ変わってもクリエイターが集まる場にしたいと「CREATOR'S VILLAGE」をテーマに掲げています。
--実際に、テーマに近い企業が集まる場になっていますか?
中川 テーマを設けたことで、目標や課題が近い企業の皆様にお集まりいただけていると感じます。その一方で、多様性が生まれにくくなる可能性もあるため、六本木・青山並木通り・目黒の3拠点については、エリアの特徴を踏まえつつ、間口が狭くなり過ぎないテーマを設定しています。また、拠点間での定期的な交流の場を設けたり、異業種のマッチングを支援する取り組みも行ったりしています。
イベントを通じてコミュニティの活性化を図る
--テーマ設定のほかに、オープンイノベーションを促す取り組みはありますか?
川島 オープンイノベーションを促進する上で最も重要なのは、人と人とのご縁や信頼関係だと思っています。人のつながりがビジネスのつながりに発展するという考えが、SENQの取り組みのベースにあります。
そうしたつながりを生み出すためには、互いにリラックスした状態でのコミュニケーションが大切ですので、会員の皆様に居心地の良い空間だと感じていただけるようなレイアウトやファシリティを意識しています。また、コミュニティの活性化を目的とするイベントも多く実施しており、コロナ禍で分散したコミュニティを改めてつなぐお手伝いもしています。
--具体的にはどんなイベントを実施されていますか?
川島 例えば、拠点内では、お茶やお菓子を楽しみながら交流を図る「Fika(フィーカ)」を定期的に開催しています。これは、仕事の合間にコーヒーや甘い物を片手にリラックスするスウェーデンの文化に基づくもので、最近は自治体の皆様と共催することでつながりの輪がさらに広がっています。ほかにも、拠点内で周年を祝うイベントなどを通じて交流を促進しています。
--異なる拠点間での取り組みについてはいかがですか?
川島 毎年10月9日をSENQ(1009)の日として、会員・パートナーの皆様にお集まりいただき、拠点横断で交流を図っています。このほか、パートナーの皆様と連携しながらビアガーデンやハッピーアワーの企画・運営を行ったり、地域の清掃などサステナブル活動を通じた交流にも意識的に取り組んだりしています。
新たな価値を生み出す場としての可能性
--イベント以外で、新たなつながりが生まれることもあるのでしょうか。
川島 各拠点のレセプションには、SENQのスタッフが常駐しています。スタッフが会員の皆様との日々のコミュニケーションの中でニーズなどを伺いつつ、ほかの会員の皆様やSENQのアライアンスコーディネーターの皆様へのおつなぎを行っています。
--アライアンスコーディネーターの役割について教えてください。
川島 アライアンスコーディネーターとは、「助言者」「協業パートナー」として会員の皆様の協業や共創に関する相談に対応する連携先の方々のことです。具体的には、事業・プロジェクトフェーズにおける協業、事業創造、事業成長をサポートしています。
--SENQで実際に生まれた協業事例はありますか?
中川 ハウス食品グループ様と、複数の大規模植物工場を展開する株式会社ファームシップ様が協業されています。出会いのきっかけは、SENQ主催のマッチングイベントでした。植物工場でのハーブ生産の可能性を模索されていたハウス食品グループ様と、レタス以外の植物工場を検討されていたファームシップ様とのニーズがマッチして、資本提携に至りました。
協業によって新たな価値観が生まれ、お互いがメリットを享受し合える関係性を作れることを実感されたとのお話も伺っています。マッチングだけではなく、そこから関係を構築するコミュニケーションがとても大切で、そうしたときにもSENQという場が役に立ったとのうれしいお声もいただきました。
--マッチングイベントが、ビジネスを創出するきっかけになったのですね。
中川 SENQのスタッフのひとことが、協業につながった例もあります。SENQ霞が関に入居されている株式会社AcroXHoldings様は「観光と食」をテーマとするコンサルティングを手掛けておられるのですが、当時、シェフと生産者とのコラボレーションを味わうことができるレストランイベントの実施を検討されていました。企画の内容を考えているときに、SENQのスタッフがNPO法人 農家のこせがれネットワーク様の存在をお伝えしたことがきっかけとなり、希少なブランド豚「みやじ豚」が第1回目のイベントに登場して大成功をおさめています。
コラボレーションを行う上では、その足掛かりとなるコミュニティの存在もとても大切なのですが、どちらもSENQの会員であるという“信頼”がベースにあったため、やり取りを短縮できたとのお話も伺っています。同時に、会員同士の情報共有や、ニーズのくみ取り方を工夫して、それをイベントなどにつなげれば、さらにマッチングの価値が高まるのではとのアドバイスもいただきました。
--つながりや新たな価値を生み出す場として機能している様子が伺えます。
川島 SENQのコミュニティ活動やオープンイノベーションのイベントに参加したことで新たなご縁が生まれ、事業の引き合いが増えた会員様から、「イベントを開催していただいたおかげです」とコメントをいただくこともあります。そうしたときに、イベントの企画者冥利に尽きると強く感じます。
--今後のSENQについて、どのような展開を考えておられますか?
川島 最近では、SENQの拠点間だけではなく、都内のほかのコミュニティスペースとのコラボイベントも開催しています。また、当社の本社が中央省庁の目の前にあるため、官民連携を通じた取り組みの活性化に向けて、新たなプロジェクトを企画しているところです。
今後は都内にとどまらず、全国のコミュニティスペースとのエコシステムを構築したいという思いがあります。相互利用やイベントでの交流を通じて、SENQと全国の施設がソフトとハードの両面でつながり、企業の活動が活性化されることによって日本全体が元気になるような、そんな展開ができればと考えています。